2012年05月31日

美術


 図書館で借りてきた本3冊。左から「雪村」、「Katachi」、「芸術起業論村上隆」村上隆は最近の芸術新潮で「まだきらいですか」なんて云ってる。嫌いではなく、そんなに感動を受けている実感がない。面白い止まりの範疇なのだ。これも有り、かもしれないってとこ。起業論では頷けるけど、この作品類の価値?は解らない。マネージメントとマネーゲームは違う。村上個人の肉声がこの文章のすべてなんだろうか。やはり私も既成の芸術概念から考えてしまうから、起業論や鎧を脱いだ素っ裸の村上隆が表現したいものが見たいのだ。マネージメントはその後じゃないのかなあ。古い井の中の日本人だね私は。だってウォーホールやデュシャンも愉快だけど展覧会があっても行かない。
 「Katachi」は出版された時に欲しかったのに買わないでいて、見たくなると図書館で時々借りてくる。毎回開くたびに目次の次のページの行成の書はンーンて感心しています。すべてのページがそうなんだけど、ページを捲る毎に体の中がヒヤーと日本人の血が一筋通過します。
 「雪村」は ゆきむら ではなく せっそん です。雪舟の弟子って事では無いらしい。でもこの絵師の書く幻想が室町時代に発想されていたことを思うと驚嘆に値すると思うのだ。パロディーを超えた何か(芸術?)がある。北斎漫画以上でAKIRA以上でもある。光琳も惚れ込んでいたのだ。「呂洞賓図」を是非見たいものです。個人蔵が多いのだ。
 村上隆ってなんだろう。そのうち解るのかもしれない。解らないかもしれない。誰か読んで下さい。  


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2012年05月27日

「てらこや浪人源八先生」飯野笙子:著 コスミック・時代文庫


用心棒だった浪人がとんでもない解決方法の末に寺子屋の先生になる。、いろいろな事件や微笑ましいストーリーの展開が連なった後に彼は彼なりに解決してゆく。完璧ではないが、彼なりにである。そこがいい。江戸時代の庶民の長屋暮らしが心情豊に描かれていて、涙を誘いながらも気丈に生きる庶民を愛おしさを満載にした筆で表現している。長屋暮らしなんて本当はとても辛かったんだろうに、どこかに希望が見える。子供が希望の象徴として登場しているんだと思う。なぜか時代物は飽きないのだ。山本周五郎の「さぶ」や「季節の無い街」他も庶民の生活のなかにある、権威や格式から抜け出た大らかな生き様に共感するのだ。表紙は時代物では右に出るものが居ないほどの、村上豊である。
  


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2012年05月27日

YOMOっと静岡

本日5月27日(日)静岡新聞の日曜版別冊です。この中に「ようこそ劇場へ」宮城聰が選ぶ名セリフっていうのが有りまして、本日は曽根崎心中:近松門左衛門のセリフ「あれ数ふれば暁の、七ツの時が六ツ鳴りて、残る一ツが今生の、鐘の響きの聞き納め」がテーマです。もうこの世の中は永遠に変わらないかと思える江戸の世にあっても、恋する気持ちが有れば世の中が変わって見える、一つの鐘の音も輝やいて、時間が止まったかのように聞こえる。時間も空間も違って見えてくる。恋とはそのように現世を変える魔術だったのかも、いや自分と他者を見つめるという点では、現在も同じだ。なかなかいいコラムでした。  


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2012年05月24日

「妖怪アパートの幽雅な日常①」香月日輪 講談社文庫


タイトル、ペンネーム、表紙が納得しがたく、且つ心情的に馴染めそうもない、と思いながら読み始めたにもかかわらず、なんと、あっという間に読んでしまいました。ストーリーの展開もいけてますが、設定がギリギリの幻想のところで現実との絡みが上手くいってる。ちょっと見、ちょっと読み中高生のジュニア本なんだけど、文中ので語ってる事は中々納得させてしまうものがあります。でも直截過ぎるのかもしれません。このなかの語りの一言一言でストーリーが書けそうです。もしかしたら私の感覚がこれに近いのかもしれない。闇や入隅に宿る何らかの魂、何か居そうな空間、時間を経た闇には人や動物の怨念なども巣食っているのかもしれないね。馬鹿らしいと切り捨てられない過去へのオマージュが表現されていてもそれはそれでいいんじゃないか。白日に晒された空間だけが健康的なのではなく、過去への慈しみも心の健康にとっては大事な事なんだ、って思う。結局のところ、うまく云えないけど闇の空間も必要なんじゃないかってこと。政治や経済の闇は正に不必要なんだけど。②も読めたらね。  


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2012年05月22日

松井今朝子


「二枚目」「三世相」を続けて読んだ。前回の「一の富」の続編である。続けて読みたくなる主人公の行く末と、その取り巻きの人間模様である。登場人物すべてが愛おしい人達で成立しているから何処かで昔見たようなイメージが浮かんでくる。
人は人との関係で成長してゆく。それは確かにアナログのコミュニケーションなのだ と松井は言っていると思う。故に文中の会話は極めて重要な要素になっている。ミステリーなのだがとんでもないトリックなど使わずに、心の揺れ方ひとつだけでミステリーを作っている。時代ものにはこの簡素な起承転結による短編ミステリーを成立させる秩序があるのかもしれない。それにしてもうまい!と素人の私にも言わせてしまうのである。次編を是非お願いしたい。  


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2012年05月18日

大友とソトコト



 月刊誌「芸術新潮4月号」と「ソトコト」を図書館から借りてきました。新潮の特集は大友克洋、ソトコトはLiXILと隅研吾のメームです。まあすごいのなんのてなかんじの大友克洋の手書きに感動、また作家メビウスの絵にも興味がいってしまいました。ナウシカの宮崎、AKIRAの大友、MONSTARの杉浦の三人は確かに尊敬に値します。忘れてしまった手で書く仕事。
 
 ソトコトに載ってるメームは実験住宅。隅研吾の設計。雪景色の中では美しい。世の中の熱研究はもうこんなとこまで走っているんだね。でもね、遮熱、断熱ってエコなのかなあ。解体のことも考えないとね。エナジーを無駄にしないってことなんだろうけど、現在では進行途中だから逆の使われ方になってるみたいです。生ぬるい人間の温床のために使われている感がある。人間ってもっと耐える力もあると思うし、寒いときは寒いわけで、暑いときは暑いのが当たり前なのだ。少しはガマンしろ。ロハスはロハスでトレンドでもナンデモないのだ、当たり前のことなのだジョー。  


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2012年05月13日

「花散らしの雨」


みおつくし料理帖の第二弾:高田 郁 著 です。これが続編。
なにがいいかって、時代劇の典型なのだが、典型的でありながらも主人公の娘の成長ぶりが心地よく伝わってくる。物語って心理描写なわけで、読者の読後の心理まで揺り動かせることが出来るんですね。だから今は秩序正しく、自分を弁えた平穏な心持ちのようなキガスルのだ。そんで、かわいい娘の澪(主人公)と小笠原さん(武士)はどうなるんだろう。前回の紺色の表紙は寂しかったけど今回は赤。これでいいとしよう。次が読みたくなるシリーズだ。
巻末に出てきた料理のレシピ(料理帖)が載っています。ほんとにウマソー。日本の正しい和食なのだ。ハルキ文庫でした。
  


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2012年05月12日

数独、ナンバープレイス

実はね独白、この数独(ナンバープレイス)ってのにずーっと前から取り憑かれいて、昔はニコリの数独を買ってました。暇(そんな時間あるの?)、またはちょっと空いた時間にやってます。ネットでは緑色のナンバープレイスです。現在レベル4、№4ー20までようやくたどり着きました。難しいのはいくらでもあるらしいのですが、ここまで来るのに悪戦苦闘してます。どうしても解らない時には飛ばします。解らないと、精神的に落ち込みます。一つしかない答を理屈で探していくのはゲームの面白さです。出来た時の快感は格別です。印刷して鉛筆で仮置きしないと、出来ない問題もあるから面倒なのもあるけどね。ネットの中には一杯あるから暇人はチャレンジしてみてください。病みつきになって、仕事をおろそかにしないでください。注意注意!  


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2012年05月10日

「九月が永遠に続けば」


沼田まほかる 著 新潮文庫

ありきたりの日常の中にも形の見えない心の惨劇が潜んでいる。安易で傍若無人ないたずらが心の均衡を狂わせて人生まで変えてしまう。今までだったら読むのを止めていたが、挑戦してみた。本の雑誌の国内ミステリー部門1位、第5回ホラーサスペンス大賞だった、ということで最後までよんだ。そーなのって感じ。際どい性表現があるけど60歳過ぎてると気にならない。主人公の心理はなぜか理解できない私ですが、こういう人って居るんでしょうね。強いて云うなら主人公は文彦だったってこと。服部の脇役設定はうまい。それにしても人に惹かれるって何処がどうどなって、そうなるんだろう。得体の知れない脳や遺伝子の成せる技なんでしょうか。人間の世界を形作る要因なのに面白いことの一つです。こんな種類の物語を読み続けたら、ピーマン、らっきょ、玉葱みたいな私なんぞは異常な行動に走ってしまうかもね(いや、走っているのに気付いていないのかも。自分の事は見えないのだ)。相当強い人でないとこの類の本は書けない。まほかる さんってどんな人なんでしょうね。

ピンボケは意図してないけど、こうなっちゃった。文句ある?

塩見 寛の東京大学の学位論文(博士号)の発表会を聞きに行った。「旧宿場町における計画意図の解明と継承に関する研究」っていうテーマでした。マトリックスを使った解析方法で、宿場の歴史を層序という言語を用いて切り口を開いて分析していました。難しいですが、なかなかこの切り口はユニークで有効です。普段日常使う事のない言語が一杯出てきますが、じっくり読んでみましょう。 塩見さんは塩見さんの道を行く。
  


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2012年05月05日

荻原 浩


「ハードボイルド・エッグ」荻原浩節満開です。チャンドラーの書く主人公フィリップ・マーローを気取った、しがない探偵がドタバタを繰り広げる。美女の秘書を雇おうとして失敗して変な婆さんを使う事になってしまい、突如発生した殺人事件はこの二人が追う。もう一人?の脇役がシベリアン・ハスキー犬。登場する人物動物がいい。笑える笑える、そして少し泣ける。わけのわからない変な表紙。
 さっき映画の「愛しの座敷わらし」を見てきた。原作がある映画作りって難しいね。2時間内で収めるのは展開が早すぎて無理である。読んだ人は勝手に映像を行間も含めて創り上げているからでしょう。これは是非本を読んで欲しい。逆にこの映画だったら、後で原作を読んでもいいかもしれない。そんな映画でしたが、同行した家内にも荻原浩節が少し伝わったかもしれない。人に気持ちをうまく言葉や画にして伝えるのは簡単なことではないのですね。荻原の伝えたい言葉は、悲しみや切なさを淡々と超えていく素直なごく普通の、その辺にいる人間への愛おしさなんでしょうか。
 更新記事が早すぎるきもするが?気が付いた感想を書いておかないと忘れるから書く。後で書こうとすると整理しすぎてディテールの機微を忘れてしまうことが有ったり、読み返すと恥ずかしくなって消去してしまうから、恥ずかしくても大したことじゃないから今のうちに書いておく。ましてや私個人として、万城目学と入れ混じったりするから、注意注意。
   


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