2014年06月22日

藤沢周平

藤沢周平

「霧の果て」神谷玄次郎捕物控 藤沢周平:著 文春文庫
八編の連作。同心の玄次郎が岡引きの銀蔵と事件の真相を暴くという、何処にでもありそうな時代物ではあるが、藤沢周平は藤沢周平らしくシミジミとした余韻を残しながら事件を終える。このシミジミの諦念観のうらにある許しや無常観にボントロさんは惹かれていたのかもしれない。新潮と文春の全てを読破していた理由からでしょう。題の「霧の果て」は末尾の物語ですが、藤沢周平らしさがこの編できっぱりと現れています。この物語だけでもいいのですが、前の七編を読むうちに人物や背景の特徴を読者の頭にいつの間にかジワジワと沁みこませています。自由とは程遠い時代の中で、武士の生き様を描く葉室麟との違いを上手く説明は私には出来ませんが、現代のこんな時代(同じ時代、同じ環境に育ちながらも言葉が通じないこともある)だからこそ信念で生きる時代物は身につまされるのでしょう。

藤沢周平

「低反発枕草子」12 平田俊子 静岡新聞
例によって、すらすらと楽しく頷く。こんなふうに平易な言葉で読ませる術に「いーなあ」と感服する。詩を読んでみたい。

「サイちゃんの星空散歩」ディスカバリーパーク 静岡新聞
星座や星にあまり関心が無かった私に少し興味を抱かせたのはこの欄です。なにか知らなかった文化みたいなものが確かにここには有ります。地球を取り巻く小さな星の存在が美しく瞬きながら且つ、何かを無言で語っていると我々に思い込ませる不思議さがシミジミなんです。でもこの七夕の星たちは梅雨真っ盛りの静岡県では見れるのが希少です。ましてや空の汚染や地上の光が多すぎて適いません。遠い山の上からもいいけど、我が家のこの地で見たいものです。



Posted by 新茶 at 09:31│Comments(0)
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