2015年01月30日

柚月裕子



「検事の本懐」柚月裕子:著 宝島社文庫を読んでしまいました。「オロロ畑・・・」を読むつもりだったんだけど、気になってこちらを読んだ。意味は無い。たまにはこういう本格もいいし、ジワジワと心理の奥底をストイックに突いて正義とか真理を見るのも腰が据わっていいと思った。佐方という検事が徐々に登場して主役を演じて徐々に去っていく手法を、連作で読んで無かったように思う。くどくない演技や行動なんだけど、心で語る言葉には重たい情念の塊が見えた。一冊の本を読んだという実感です。次!
 
 
 
  


Posted by 新茶 at 08:49Comments(0)

2015年01月23日

三浦しおん



「三四郎はそれから門を出た」三浦しおん:著 ポプラ社 を快速で読み通した。快速なので読んだすぐあとでは、すごく頷きながら、かつ「いいことをいうねー」などと一人ごちながら次に進んでしまうので、今になってみればどこがどう面白かったのかを確認はしていないのである。ようするに全編でのしおん調の語りが面白いんです。弟さんとのやり取りも秀逸です。しおんさんの顔もエフーディの口絵写真で拝ませていただきました。眼鏡を取ればそのまま神楽に出れそうなうりざね顔の美人様でした。フフ。まあそれはそれとして、この本は書評やエッセイで成り立っていますので、本の紹介文としてはとても参考になるし、世の中にはこんな本を読んで、こんなことを考え、こんな風に生きて、文字を綴っている女性が居るんだってことを是非知って欲しいと思いました。私にとって、なにかが楽になるみたいです。



2014年「芸術新潮」12月号の平等院鳳凰堂特集です。優れた和様建築の真髄の鳳凰堂は何度訪れたのでしょう。思い出すのはやっぱりボントロさんとあーだこーだと語りながら観たことです。宝物館のミュージアムで雲中供養菩薩の彫刻の芸術的高さには驚いたものでした。あー懐かしいなあ。懐かしさのあまり図書館から借りて来てしまいました。
この芸術新潮に橋本治の「もうすこし浄瑠璃を読もう」が連載されていて、「曽根崎心中」下が載っています。徳兵衛、お初の冥途までのプロセスが情感のみで語られるてしまう芸術ってのもスゴイジャンルですね。あー、あー、あーーー!これってなんなんでしょう。「止めてくれるな妙心殿」も裏返せば義理と人情で行き着く先は地獄か天国か。  


Posted by 新茶 at 16:39Comments(0)

2015年01月18日

花のさくら通り



「花の桜通り」荻原浩:著 文藝春秋 を読んだ。表紙は川上和生です。去年に亡くなった山本兼一の「とびきり屋・・・」の表紙の人です。形骸化されて行き詰った商店街の再興を如何にして進めるか?とても面白いし、身につまされた気もしました。読む順序としては、「オロロ畑・・・」「小鳩組・・・」でしょうが、図書館に桜通りが在ったのっで先読みしてしまいました。現在私の周りにも奇態な登場人物と同じようなのがいるような気がします。荻原を読んでいると自分の周りも同じ様な景色や人情が蠢いていると勘違いしそうです。オロロ畑に入ろうと思います。では、オブリガーダ。  


Posted by 新茶 at 15:02Comments(0)

2015年01月16日

荻原 浩



「サニーサイドエッグ」荻原浩:著 東京創元社 を図書館から借りてきた。以前読んだのは、「ハードボイルド・エッグ」で、これはその続編になる。タイトルからして、フィルップ・マーロウを気取って全編に気障な恥ずかしい言葉が散りばめられている。いい意味です。これはパロディーでもあるのかもしれません。またやってる、って感じ。仕事はペット探偵でこの辺からして、ハードボイルドには成れない寂しい探偵です。寂しいけど我が身に照らし合わせれば、同じです。サニーサイドエッグは目玉焼きです。ベーコンは無。でも、パルメジャーノを降れば、☆が付きます。ペット探偵とは言いながらそのペットの飼い主にその照準が当たるのは必然で、現今のペットブームで露わになる飼い主のモンペ的形相が面白く描かれています。ダメダメのエレキテルに出てくるチンピラみたいなのも荻原の物語ではレギュラーです。おもしろいです。ネットの評ではいろいろ書かれていますが、気にしないでジワーとしながらも、楽しく笑って読みましょう。  


Posted by 新茶 at 08:21Comments(0)

2015年01月10日

小国神社とサラ




遠州の小国神社に行って見よう!ってなことになってしまったので、行ってきた。大国主命が祀られています。立派で重厚な唐破風の向拝ですが、軒先が抑えられているので、親しみやすい本殿です。写真の舞殿も質素な作りながら、屋根の華麗な曲線で優美な空間を本殿の正面に設えています。檜皮葺の屋根も神の領域に大きな時間の堆積があることを示しています。神を祀る空間の演出って極めて人間的なんだって思いました。



「荊の城 上、下」サラ・ウォーターズ:著 中村有希:訳 2004年 を読んだ。まるでディケンズです。「ディビッド・カッパフィールド」の時代のロンドンで起こった違う場面を見ている様でした。ディケンズが好きな人なら、また場末のヴィクトリア朝のロンドンがユートピアなんじゃないかなんて思っている頭の捻子が曲がった人なら、打ってつけの物語です。こういう私も、大学時代にはディケンズの典型に嵌っていました。あの様なカオス的状況の中で人間が立派に成長してゆく様は、嘘っぽくても昔から道徳的に人を納得させたのでしょうね。でもこの「荊・・・」は少し違うんだよ。ここが面白くて、サラらしいのかもね。暇があって、ディケンズやシャーロックホームズのロンドンの景色が好きなら読んで頂戴。  


Posted by 新茶 at 09:29Comments(0)

2015年01月01日

桐野夏夫



「柔らかな頬」桐野夏夫:著 文春文庫をこの忙しい暮れから元旦にかけて読んだ。よってこの暮れと正月の心象風景は桐野の描く殺伐としたフィフィルターが懸ってしまった。取り返しの着かない、消しゴムで消せない、やり直せない自分の人生だけど、如何に肯定していこうかと、思い悩んでいる。恥ずかしい程若いね。兎に角面白くて、読み続けたけど未消化です。カスミという女はまさしく女という人間でした。こんな本が在ったんだね。ミステリーだけどミステリーじゃない。「顔に降りかかる雨」を読もうと思った。

あけましておめでとう ってことだ。  


Posted by 新茶 at 17:36Comments(0)