2017年02月20日
藤枝狂言
「藤枝狂言の会」を観てきました。大蔵流の狂言で、藤枝出身の岡村和彦さんのプロデュースって感じでした。柿山伏、居杭、そして魚説教と三曲ともとても解かりやすい演目でした。もともと狂言ですから解かりやすく、笑えるのが当たり前なんですが、ドタバタやジワーとくるのもあるんですね。日本の笑い、落語や漫才の基本で、諧謔、ペーソス、ウィットもそして皮肉や哲学まで見え隠れする庶民の生き方なんですね。お能も良いけど狂言もいいです。ただ、これがステータスの衣にされている風がセレモニーの中に読み取れます。文化オバサンの群れの中にも・・・
日本の芸能は参加したり、猿まねをしたりするのが面白いので、是非講座を開いて、参加させてほしいと思いました。焼津や清水の茂山狂言はどうしちゃったんだろうね。待っています。
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11:52
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2017年02月17日
追跡
「三毛猫ホームズの追跡」 赤川次郎:著 光文社文庫
まあよく死ぬ。連続殺人事件である。今野敏ならすぐに特別捜査本部の立ち上げで、所轄と本庁の鬩ぎ合いなどが出てきて階級格差で見苦しい男たちの嫉妬が表面化するんだけれど、そこはさらりと、片山君と栗原君がまわりに有無を言わせずに始めてしまうのだ。これも有りかな?今回は又他の男が登場。妹に恋する猫恐怖症の石津くん。作り事だから何でも有で面白い辻褄でいいのだって言ってる感がある。ミステリーにも多種多様があって一方ばかり走るより色んな角も曲がってみるのも面白いのかもしれないから、今度は悍ましい闇風の京極にでも行って見るかな。
今から新居町に行く、雨?主催はヒラメクラブらしい。志太建築士会の女性部会の名前がヒラメ?イミアリゲ・・・
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08:18
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2017年02月13日
赤川次郎:三毛猫推理
「三毛猫ホームズの推理」赤川次郎:著 光文社文庫
とうとう読み始めました赤川次郎です。何故か躊躇っていたのに、文楽入門なぞというのを読んでしまったがためにこうなったのだ。そう、1分先は何がどうなるやら解からないのだ。人生ってそういうものなんですね。まあ成るようになったのだ。読んでみて成るほど面白くて、上手です。込み入った複数の事件を読者の頭脳が絡まないように進んでゆく展開は多分上手いから出来るんでしょう。猫に頼る所はSFですがこれを外すと極めて味気ないものになるのでしょう。とぼけてホンワカ風だけど、事件や行動は生臭くも有りで、結局何でもアリのシリーズなのでしょう。続けて読みたくなる片山君です。図書館に予約してある本が3冊あるんだけれど、「海のみえる・・・」は結構な順番待ちだそうです。居るんですね
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13:30
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2017年02月12日
庭
自宅の庭の松の周りの草取りと枯葉の掃除が一通り終わった。芝の枯葉も熊手で集めた。汚い時を知らないと今がどれだけ美しいのかは解かりません。枯山水のモドキがあるけど、那智黒の玉砂利に枯葉が溜まって苦労します。石の隙間はピンセットを使って枯葉を抜きます。本人だけが汚れていた姿を知っているので誰も綺麗になったとは、理解しません。それでいいのだ。
この冬可哀そうなのはメダカで、こんなに寒いのに家の中に入れてもらえません。というのもですね、以前何処にでもあった四角くてエッジまで曲面のガラスの水槽が無いんです。いつの間にか我が家からも消えてしまったようです。あんなにイッパイあった筈なのになー。外に積んであったのがいけなかったのかなー。あのガラスの水槽が在れば入れてあげます。いまは、朽ちたコンクリートの豚の餌入れだったやつです。カナダモは繁茂してメダカも冬眠状態でしょう。春待つ息吹です。ガジュマルの木が枯れてしまいました。カワイソー。
姉が米ヌカを柿の木の下に撒いたので、スズメが大量に集まっていました。筍の山の畑にヌカを撒こうとしたら隣の畑のおじさんに「猪が来るので止めてくれ」と注意されたそうです、なので、我が家の庭に撒くことになりました。スズメもマルマルと膨らんでいます。手前の草はシマアシです。
「Okeiko cafe」の月桂樹が黒ずんでいたのでたまたま来ていた造園屋の人がてを入れてくれていました。どこをどう鋏をいれるのか皆目解かりませんでしたが、終わってみれば、なかなかのものでした。我が家の月桂樹ももちろんべったり黒くなっていますが、カビだそうです。擦ると取れます。裏はカイガラムシの群生でした。私も植木もこの冬苦労しています。
本?赤川次郎にチャレンジ。といえば、あれです。片山君。
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13:30
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2017年02月10日
ものを言っちゃいけない?
「赤川次郎の文楽入門」~人形は口ほどにものをいい~ 赤川次郎:著 小学館
入門編だったらしおんの二冊です。がしかしです。この赤川次郎もまた格別に入り込んでいて唸ります。邦楽に関しては必携の書でしょう。ようするに舞台芸術、芝居、演劇のなんたるかを網羅していて、歌舞伎等には遠慮がちなものにはヘーというしかありませぬ。そんで気が付いたというか、納得の極みはまた、邦楽に関しての文科省のくだりです。愛国心と邦楽の芸術を絡めて政治的に讃えながら、補助金などを利用して煽る方策には断固ノーというべきです。政策側のアリバイ工作の為に芸能が廃れてきてしまったこと(俺たちがやってあげたから、残って来たんじゃン、かんしゃしろよ、なんて言ってるんでしょうね)に危惧いたし候です。だから、こういう事を言っちゃいけないのでしょう。また非難と脅しの電話が掛ってくるんでしょうね。懲りない私目でござりまする。
「曽根崎心中」が世話物のどうしようもない弱さの頂点ですね。だれしもが心の奥底に抱えたグズのオリなんだ。ドストエフスキーじゃん。
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08:35
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2017年02月08日
東海道二川宿
昨日2月7日、愛知県豊橋市の二川宿本陣資料館を再度訪れました。去年の10月にも来ましたが、写真の構図がイマイチだったので又来ました。本陣は大名が参勤交代で泊まるところです。学校で習った参勤交代や、浅田次郎の映画や小説を見た方ならこの不可思議な制度に疑問を持ちながらも、訳の解らないまま、歴史と云うものの有無を言わせぬ強さに脱帽しているのでしょう。ましてやこのように本陣を復元して当時の風景を見せるという文化の継続にも頭の下がる思いです。確かに先人たちは苦労していきのびてきたと思います。上は道路から、下は式台玄関で、御殿様の出入りされる玄関です。写真は10月のも入っています。
上、武士達が宿泊する出入り口の土間で吹き抜けになっているので、梁や小屋組みが現しになっている。
下、畳廊下。丁髷の武士達が笠を脱いでこの廊下を右往左往している図が浮かびます。
上、勝手場の竃。一度に大勢の男たちの為に煮炊きをしたのでしょう。無双窓も懐かしい装置です。
下、御殿様の居る上段の間(他の部屋より12㎝程高い)の畳縁のまたそとの濡れ縁。切り目縁です。屋根は入母屋、破風の頂部に蕪懸魚がついている。しょうじは腰舞良戸の障子。障子の外に雨戸。
背戸口を出た井戸への外通路。
この2点は10月の時の草津の本陣。草津は東海道と中山道の分岐点。唖然とする程随分立派な本陣です。古建築や歴史に関心が在れば是非行って見て下さい。今と過去の差異を知ることが出来ます。
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13:25
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2017年02月07日
ST緑
「ST緑の調査ファイル」今野敏:著
今回は音に人並み外れた完成を持つ結城翠という女性調査員が主人公です。そして閉所恐怖症でもある。事件はストラディバリウスのヴァイオリンが消えるというマジックみたいな話だけど、音楽のはなしであるように思える。ウーン、今野敏はクラシック音楽を書きたかったんだ。メンコン、チャイコン、まるでボントロさんみたいでした。楽しかったミステリーでした。これで一先ず今野敏はお休みします。さて次は何だろう。
今から東海道二川宿の写真を撮りに行って来ます。必ずと言っていいほど一度で済まない拙者
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08:23
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2017年02月06日
磐田まちなみゼミ
4日だけ、まちなみに参加してきました。「藤枝ぐるりん探検隊」という「ちょっといっぷく岡部塾」の変形バンドの名称で、小花氏の車の同乗して磐田まで行って、懇親会まで付き合いました。随分時間や年数を乗り越えてきたまちなみゼミのスタッフに会えて、時間が戻りました。磐田もここ何年か訪れていなかったけれど、様変わりして何かが変わっているようです。

西側の電線地中化されて近代化?もされ、もちろん道路の拡幅も終わった町並み。なぜか味気ない。だったらとんでもないコンテンポラリーの前衛的建築物が登場していれば対比として面白い町なのに。人が居ないじゃん。


御存じ見付小。それにしても空が青い!和洋折衷というより、洋が上で憧れなんです。

歩きながらの写真。ウダツの見える民家。裏通りの在りし日には、こんな様な家が立ち並んでいたのでしょう。懐かしくノスタルジーでいいちこみたいです。

同じくなつかしの風情、時間だね僕たちを感動させるのは情熱の時間なのだ、景色とは時間が作るのだ。現在の火の見櫓の存在も時間。歴史とは時間!

見付天神「矢奈比賣神社」の女坂の結界を示す、注連縄。プリミティブで神々しい。

境内の御池の結界の二次元的グラフィックだね。ある美学が貫かれている。脱帽
あまり街歩き的視点で景色を見ていなかったので、ワークショップのリーダーでまとめ役をおおせつかったけど、めちゃくちゃなドグマティズムのコメントになってしまって東Aの皆さん御免なさいでした。反省。懇親会は画家吉村夫妻がスゲー楽しかった。ビールを少しで饒舌な詩人
西側の電線地中化されて近代化?もされ、もちろん道路の拡幅も終わった町並み。なぜか味気ない。だったらとんでもないコンテンポラリーの前衛的建築物が登場していれば対比として面白い町なのに。人が居ないじゃん。
御存じ見付小。それにしても空が青い!和洋折衷というより、洋が上で憧れなんです。
歩きながらの写真。ウダツの見える民家。裏通りの在りし日には、こんな様な家が立ち並んでいたのでしょう。懐かしくノスタルジーでいいちこみたいです。
同じくなつかしの風情、時間だね僕たちを感動させるのは情熱の時間なのだ、景色とは時間が作るのだ。現在の火の見櫓の存在も時間。歴史とは時間!
見付天神「矢奈比賣神社」の女坂の結界を示す、注連縄。プリミティブで神々しい。
境内の御池の結界の二次元的グラフィックだね。ある美学が貫かれている。脱帽
あまり街歩き的視点で景色を見ていなかったので、ワークショップのリーダーでまとめ役をおおせつかったけど、めちゃくちゃなドグマティズムのコメントになってしまって東Aの皆さん御免なさいでした。反省。懇親会は画家吉村夫妻がスゲー楽しかった。ビールを少しで饒舌な詩人
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10:35
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2017年02月04日
ST黄色
「黄の調査ファイル」今野敏:著
新興宗教の4人の若者がマンションの一室で一酸化中毒で死んでいた。さーて世を果敢無んでの自殺か、いやそれとも?って始まるミステリーで普通のドラマっぽいのが、今野敏の手法。そう通奏低音はいつもステレオタイプなんだけど、この5人が登場すると誰でも読み進めてしまうのでしょう。読み進めているうちに、今回気付いたことは、事件捜査が大きく進展せずに、いや、しているんだけど人間達は大きな行動はしていないうちに解決するのだ。何故かって?それは黄色。即ち山吹は禅宗の和尚さんでもあるからだ。こころの進展が解決に進んでゆく。現実には逆の様相が多いのだけれども。
今日は磐田です。塩見さん、西村先生の例のまちあるきです。小花さんが迎えに来ます。それまでのブログ執筆でした。お土産は「おたけせんべー」どすえ。
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08:01
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2017年02月02日
POPS
写真が上手くないのでゴメン。左上がジム・クローチ、右上がサニーデイ・サービス、左下がギルバート・オサリバン、右下がハナレグミこの辺もよく聞くのでCDプレイヤーの近くに置いてある。ジム・クローチは若かりし時の残り香がしてあの、特有のリズムが嬉しくなってしまうのです。TIME IN A BOTTLEはジーンときます。POPSのシンコペーションてのはノリ以外のなにものでもありません。
ギルバート・オサリバンは賢い歌作りをします。イノセントを装いながら、田舎のインテリ加味しています。こんなところに単純に引っ張られてよってしまうけど、まーいいかで便乗します。GET DOWNやNOTHING RYMEDは否応なく誰でもシンクロすると思うのです。こういうのってママス&パパスにも共通します。「シーソーハーアゲイン」や「夢のカリフォルニア」なんてのも好きでした。キャスの声にも唸りました。
サニーデイ・サービスはまさに70年代のフォークを遣っちゃっています。全然現代ではないのだけど、この時間というか間というのか日本語を一字一字歌うのは今の私の一歩づつのテンポとシンクロして他人のような気がしないのです。言って見れば歌謡曲ですね。三橋道也や三波春夫と同じかもしれません。ハナレグミはもう緩やかに揺れる揺れる。でもねなにか声の質かもしれませんが、どこか切ない孤独感も有るのです。フライパンマザーってなに?音楽通のいうグルーブ感っていうのはこれなんですかねー。・・・なんて書いてしまったけれど今日聞いていたのはドゥビッシーのチェロソナタでした。クラシック音楽がモダニズムという時代に変革しようとしてジャズのコードやリズムを使おうとした証しが随所に出てきます。ステキな音楽です。カンディンスキーやブラックの絵が浮かんできました。躍動する時代だったんですね。
Posted by 新茶 at
21:39
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